月夜見 
“いづれがあやめか、かきつばた”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  

 
 富士の麓を駿河に向けて、そこから更に木更津まで向かったその手前。元はその富士のお山が弾けた折に溢れ出た火山灰から成るという平野地に、東照権現さまが御開府して ン十年の花のお江戸…が舞台ではなくっての。それでも和風な風習や装束がさも似たりな此処は、藩主ネフェルタリ・コブラ様がご統治の、気候も人も豊かで穏やかな“グランド・ジパング”というお国。穏やかとは言え、粋で いなせなお人もいれば、お腹に何にも含まぬところから ついつい言い過ぎたその揚げ句、喧嘩っ早いところもあってのちょっとした諍いは結構多く。かわいらしい喧嘩どまりで済めばいいが、それがこじれての刃傷沙汰になったり、はたまた欲にからんだ禍々しい事件が起きたりと、人が多く寄り合う土地ゆえの騒ぎも実は数多く。それらへと早急に対処し鎮めるために、そんなこんなを合理的に裁いて成敗する機関や組織も発達しており、奉行とその配下、与力や同心、岡っ引きが、治安維持のための警邏警戒を怠らない。ところで、喧嘩や修羅場の描写に“やっちゃ場”なんてな言い回しを使う読み物やらドラマやらがあったりしたそうだが、これは本来、東京の青もの市場のことを指す言葉で、やっちゃというのはセリのこと。ある意味で戦いではあろうし、勇ましくも荒々しいところから、喧嘩関係の勇んで乱暴という描写にも使われたものが一人歩きしたらしい。勇ましいと言えば、鉄火場という言い回しもあるが、これはそもそも鉄砲が弾き出す弾丸や砲火が飛び交う戦場というのが元来最初の意味。そこから転じて“博打場”を指す隠語となり、それから勇ましいという意味に使われ、伝法な気性を指す“鉄火肌”なんてな言い回しに使われるようになったのだとか。威勢がよくて乱暴に見えても、心根は気のいい、飾らない人性なのが江戸っ子とされていたが、このお話の舞台、グランド・ジパングの住民たちも、その殆どはそんな気のいい者たちばかり。だからこそ、そんなお人よしたちの、足元を掬おうの鼻を明かそうなんていう悪人共がはびこることだけは許せんと。その細腕を剥き出しの腕まくり、今日も今日とて頑張っちゃうのが、背中で躍るトレードマークの麦ワラ帽子もお元気な、麦ワラの親分こと、岡っ引きのルフィ、その人だったりするのだが。何せまだまだ駆け出しのお若い衆なので、時々は暴走もし、やり過ぎもありで、お手柄の1.5倍くらいは余計な大暴れをしちゃうのが玉に瑕。彼を配下に使っている同心のゲンゾウの旦那も、もちっと落ち着いてくれたらなぁと、それを案じて頭痛が絶えない日々を送っておられるのだが…はてさて今回の騒動は?





            ◇



 お祭り好きという性分は、どこの国民にも大差なく持ち合わせているものなのかも知れないが。それはそれとして、ここ、グランド・ジパングには、季節の変わり目、一年を区分けした二十四節気のたびたびにそれなりの行事なり決めごとなりがある。もともとは農作の目安の暦に上乗せされた、じわじわとやって来る次の季節に備えましょうねという自覚を促すためのものであったのだろうけど、この日にビタミンの多い野菜を食べて風邪を引かぬよう乗り切ろうとか、殺菌作用の強い菖蒲や笹に触れ、水や食べ物にあたってお腹を壊さないようにしましょうねとか、そんな始まりがやがては、にぎやかな催しの元となったり、季節を代表する祭りとなったり。

  「で?
   こんな珍妙な祭りってのは、一体どんな節気が元ンなってることなんだい?」

 祭りや何やで人が集まり浮かれてくださると、気が大きくなるのかそれとも、こんな墨染めの衣なんて着ているのを“神仏関係者だから”と有り難がって下さるのか。町角に立ってる身にも多大なるおすそ分けが来るから、こっちとしては大いに結構。とはいえ、どんな由来の祭りかも知らないでいるのはいただけないかもなんて、一応は殊勝なことを思うものか。自分の前をゆくひょろりとした背中へと訊いたのは、どれほど水をくぐらせたものなやら、ずんと擦り切れた僧衣をまとった雲水姿の精悍な男性。いで立ちからして神仏関係者には違いなかろうが、それにしては。人を諭すべくの落ち着きやら粛々とした雰囲気よりも、ごつり逞しいその体躯の雄々しさから、戦さ場にての説法や読経・葬儀を得手としていたお坊様か、若しくは、まだ戦火激しきところもあるという遠国で、つい最近まで戦っていた僧兵の成れの果てなのか。短く刈った緑の髪をし、存在感も重厚ではあるけれど、言葉や説法で諭しても聞かぬなら、いっそ拳で言いなりにしてしまった方が手っ取り早いと立ち上がりそうな、そんな風情の方が強いお人であり。
「節気なんてもんは関係ないんだ。強いて言やあ、花見の延長、ただの余興ってやつだろか。」
 笑っちまうだろ? そんな揶揄を含んだような言い方をしつつ、へへっと肩越しに笑って見せたのは、あの麦ワラの親分の補佐をと立ち回っている下っ引きの青年で、
“確かウソップとか言ったっけ。”
 上背はあるが蚊トンボみたいにひょろりとした痩躯の彼は、あまり度胸もないらしく。捕り物の対象である相手が、恐持てのしかも大人数だったりすると、たちまち及び腰になってしまい、ルフィの豪腕へと頼りっきりになってもいるらしいものの。正義感は強いし目端も利くので、情報収集や伝令という役目には打ってつけ。しかも、機巧
からくりの工夫の利いた道具を作り出すのが得意らしいので、思わぬ働き、目覚ましいお手がらなどなどをやってのけて見せることもあるとか。
“つか、あの親分と一緒じゃあ、目立たないか振り回されるか。難儀なことばっかだろうよな。”
 それを思えばいっそ気の毒かもとの苦笑を噛み締めているお坊様へ、
「何でも藩主コブラ様の突然の思いつき、正月の餅まき泥棒騒ぎとか千年桜盗難騒動とかって、何かとばたばた続きだったから。そんなこんなの厄払い、何か腹抱えて笑えるような催しでも構えようと思いつかれたそうで。」
 すらすらと淀みなく語った彼は、日頃と変わらぬ様子でいるのだが、そんな二人の周囲をすれ違う者、道の両脇に立った出店前にて呼び込みする者、祭りのにぎわいに笑顔で行き交う者らの殆どが…何だか妙ないで立ちをしており。何もお揃いの何かって訳じゃあない、それぞれに趣向をこらしているのだろう装束はバラバラだし、ちょっと見にはそんな意向や趣向に関わっていないかのような自然体でいる者もなくはないが、
「やだちょっと。お松っちゃんじゃないのよ。何処のお武家様かと思ったわ。」
「そういうお文ちゃんこそ、その成りは何? 越後獅子の衣装なんて何処で借りれたのよう。」
 きゃっきゃとはしゃぐ声聞けば、ああまで様になってるほどもの“成りきり”での、やはり仮装かと底が割れ。
「はるか遠い海の向こう、西欧の方では、季節の節々にこんな仮装をして魔物や厄を追い払う風習があるのだとか。だったらそれをやってみようじゃないかいなと。」
「それでの町中仮装大会かよ。」
 勿論のこと、お城下のみの話なんだろうけれど。それは大きくて立派な千年桜があるという広場まで続く道のあちこち、行き交う人は皆、何かしらの仮装をしており。いかにもお祭り騒ぎなんだなぁという雰囲気がいや増しての大にぎわい。
“まあ、毎年恒例のもんじゃあなかろうとは気づいていたが。”
 中には達者な手合いも居ない訳ではないけれど。殆どのどの人も、ただ変わった衣紋を着てみただけとか、突飛な化粧をしてみただけ止まり。例年のことであるのなら、それなり、準備もしようし、貸衣装屋やかつぎの古着屋などが商売にと町へ雪崩込んでもいる筈だ。そんな空気はまるでなかった辺り、噂が広まる暇も無いほど、住民たちへも準備に時間が足りなかったほどもの急なお達しだったのだろうことが忍ばれる。墨染めの衣という自分の恰好さえ、扮装の一種に見えかねぬくらいであり、
「しかも。男衆に限っては、女装コンテストまであるんだ、どうでぇ。」
「いや、どうでぇと言われても。」
 弾けまくっとりますな、皆さん。
(苦笑)
「俺もなー、見回りってお勤めがなかったら、そりゃあ別嬪に仮装しの、賞品の米百俵と金子
きんすの一切合切、見事いただいちまうんだがよ。」
 変なことへと残念がっているウソップだったものの、
“…おいおい。”
 何かしら恨みがある訳でなし、わざわざ悪く言うつもりはないけれど。それでも…人には向き不向きってもんがあるんじゃなかろうかと坊様がつい思ったくらいに、このウソップとやら、あんまり女装には向いてない風貌の青年であり。
“どうせなら、そう…。”
 ふと思ったのが、別のとある人物の姿。やはりひょろひょろと細っこい肢体をしていた彼だったものの、どこかこう、子供っぽい匂いが居残りのふくふくしたところが、よほどのこと、女の子の恰好にも向いてなかったかなと。ついつい思い出してしまったお坊様だが、ただその人物もまた、こういう時こそ忙しいはずだよなと思い直して。
「で? 麦ワラの親分さんも見回りかい?」
 そもそもの“上”へと連絡することがあって、ちょっとばかりお城下から離れてたその間に、こんな大騒ぎが勃発していようだなんて思わなかったから。何ですかこりゃと愕然としていたお坊様だったが、それへと声をかけてくれたのが、この、気のいい下っ引きくんで。向こうもこっちを覚えていたらしく…といっても、何だか目を引く存在だと選りにもよって公安関係者に目ぇつけられてていいのだろうか、一応は隠密なのに。
(笑) 気さくには気さくでという訳でもなかったが、堅苦しい態度を取らない坊様であることへも、さして気を悪くはしないまま。それどころか、
「〜〜〜実はよ。」
 妙に気になる含み笑いを浮かべつつ、こそこそっとこっちの間際まで身を寄せて来た彼が言うには、

  「これは内緒の話だが、
   実は親分、その女装コンテストへ出ることになっててな。」
  「…あ"?」

 なんですて?と、坊様の精悍なお顔がぴきりと固まる。それだけ意外な一言だったからであり、
「あんたは親分と一緒のとこも結構見てるから、悪い奴ではなかろうと踏んで話すんだけど。」
 ホントは口外しちゃいけない話。でもまあ、信用してもいっかとばかり、ホントは誰ぞに話したくてうずうずしてでもいたものか。祭りの中心地である広場へ連なる沿道ゆえ、沢山の人々が行き交う雑踏の賑わいも喧しいほど、立ち聞きされる恐れもないとは思うが、一応はと。相手の腕を取っての、路地に駆け込んで辺りを見回し…と、一通りの用心してから口を開いた彼が言うには、

 「実はよ、ここ数カ月ってもの、近在の藩に妙な泥棒が出没しているらしくてよ。」

 何でもそりゃあ変装が上手な奴らしく、大店の主人に化けて蔵から堂々と金箱持ち出させたり、お武家様の隠居に化けて“急に確認しておきたくなったから”と騙くらかしては家宝の太刀やら書画巻物、勝手に持ち出して売り飛ばしたり。これは本当に極秘のネタだが、何と幕府の役人に化けて街道で現れ、まんまと将軍様への献上金を奪ったりまでしたそうで。
「そいつが次に狙うのは、此処じゃあないかって注意が回って来てたとか。そこでお奉行が思いつかれたのがこの仮装祭りよ。」
「??? なんで仮装を?」
 キョトンとする坊様へ、いかにも意味深、人差し指を立てて“ちっちっちっ”と振りながら、お鼻の長い下っ引きの彼がおもむろに紡いだのが、

 「馬っ鹿だなぁ。こうしときゃあ、一応の用心になるじゃねぇか。」
 「はい?」

 だから、と。頭の固そうな坊様はこれだから世話が焼けるとでも言いたいか。やれやれという苦笑交じりの肩をすくめながら、ウソップ青年が言を重ねて言うことには、
「いっか? 今日は、町の全員とまでは言わねぇが、大半の人間が日頃とは違った恰好をしてる。いくら変装の名人だとて、そやつに成り代わろうとしていた相手にいきなり変わった成りをされてみな。衣装や化粧の用意がなかろうからの大慌て。しょうがないなと諦めて、別な…あんまり変わったカッコじゃあない奴へと鞍替えもしよう。つまりは、変装仮装してる奴は怪しくないっていう、簡単な目安になるじゃねぇか。」
 どうだ、なかなかの策だろうがと、自分の出した知恵であるかのように言い放ち、
「その変装名人は、聞いたところじゃ“悪魔の実”の能力者らしくてな。そんなせいでの不思議な力で人相や体格、声や癖までそっくりに化けられるらしいが、其処だけは難関なのが、南蛮渡来の魔法使いじゃあるまいに、いくら何でも着物まで、何処からともなく引っ張り出せはしねぇだろからの。」
 知人の誰ぞに“これこれこういう仮装をする”と話していたなら、迂闊にも違う恰好でいる訳にゃいかない。おやお前、棒振りの物売りに仮装すると言ってなかったかいなんて声が掛かって、真っ先に怪しまれちまうだろう?と、鹿爪らしくも眉を寄せ、
「そやって牽制しておけば、少なくとも祭りの間中の活動は封じられっかなって策なんだよ。」
「ははぁ。」
 そんな切実な自衛策も兼ねてるなんて事情。勿論のこと、城下の住民たちへは話してなかろうに。そうとも知らず、こうまで沢山の住民の皆様が仮装に挑んでくれたとは、お祭り大好きという気風の藩でよかったねぇと。緑頭のお坊様、呆れるやら感心するやら、何とも複雑そうなお顔をしたものの、そんな彼へ、

 「良かったら坊様も、ルフィ親分の仮装を褒めてやってくれねぇかな。」

 ウソップが彼を何処ぞかへ、先に立って連れてこうとしていたのは、つまりはそんな希望があってのことだったらしい。
「褒める?」
「ああ。女のカッコなんて出来るか…って、まあまあ愚図る愚図るの、照れる照れる。」
 路地から大通りのほうへ、ニュッと首を突き出して。一応の左右を確かめてから、元いた道へと戻った二人、
「でもな、警備を兼ねてのあらゆるとこへ、見張りを手配しときたいからってんで決まった役目だ。出場者にも誰ぞか混ぜたいってのがゲンゾウの旦那の意向なんでな。」
 俺がやっても良かったが、それじゃあ眼福が減るって不平の嵐だったんで、それで親分がやるといいって決まったのによ。困ったもんだと腕組みしての感慨深げに、そんな言いようをしたウソップが顔を上げ、あすこだよと指を指したのは辻番所。今で言うところの交番みたいなもので、ご町内毎なんぞに設けられてる小さな小屋で、夜回りの立ち寄り処になってたり、屋根の上には火事のときに打ち鳴らされる半鐘が下がっていたり。大きい作りのものは、お調べの際には取り調べ室や留置所の代わりになったりする、捕物帖でもお馴染みの、あの“番屋”であるものの、今は単なる詰め所の代わりなんだろう。障子戸も大きく開け放たれの、岡っ引きやら捕り手方といったような仰々しい皆様ではなく、近所の差配のおじさんや声の大きなおかみさんなんぞが、出たり入ったりしている模様。そこへとやって来た…坊様に下っ引きという何とも珍妙な取り合わせの二人連れだったが、今日はこういうお祭りなので、誰も特には怪訝そうなお顔にならない。せいぜい、あらいい男vvという視線しか向けられずで、
“…これではその変装上手が紛れ込んでても、却って警戒されねんじゃね?”
 とは、緑頭のお坊様の内心にての感慨だったが。町中では誰が誰でもどうでもいい、お家へまで不用意に近づいたら、それなり、さっきの理屈が働くというのが主眼目なのでしょうよ。それはともかく、

 「親分? ま〜だ拗ねてんですか?」

 先に番所へと入ってったウソップの立てた声がして、おやとお坊様の関心も小屋の中へと移る。番所というのは、規模にもよるが大概は二間になっており。手前の広いめの土間には框で段差のついた板の間があり、囲炉裏なんぞが切ってある。普通の畳敷きの奥の間まではないような小ぶりなものも珍しくはなかったが、どの番屋にも共通なのが、容疑者をお縄にしてくくったその捕縄を留め置く柱があって、だが、今日はそこへと小さな背中が凭れていたりし。
「うっせぇなっ。いくらゲンゾウの旦那のお達しでも、ヤなもんはヤなんだよっ。」
 こちとら生粋のグラジバっ子だからな、自分の守りてぇ筋は曲げられねぇ。何ですかそのグラジバ何とかって。グランド・ジパング生まれな子の略だ。怒っているのにそんな受け答えをうっかりしちゃうよな、相変わらず他愛ないところは…どうやらやはり、その背中の主は麦ワラの親分さんであるらしく。赤い格子の衣紋はいつものそれだが、裾を上げての尻っぱしょりじゃないその上に、背中の真ん中には蝶々みたいに大きく結ばれた、黄色の帯のおリボンが、それは鮮やかに咲いており。

 「…親分かい?」

 もしかせずともそれって、娘御が着る型の着物の拵えじゃあないかと。そんな作りの衣紋の中に、小さな肩やら細い背中がそれは違和感なく収まってる可憐な趣きが何とも言えず。後ろ姿だけでこんなに愛らしいのならば、正面から見たらどうなんだろかと、そこは誰だって好奇心をつつかれる。よく見りゃいつもはボサボサなまんまなまとまりの悪い黒髪にも、紅絹
もみの手柄てがらが束ねの飾りにとキュキュッとばかり巻き付いており、一体誰がそこまで世話を焼いたやらは定かじゃないが、嫌がりながらも一応は、きちんとした身なりへ持っていってあるようで。そんなこんなでの、ついの思わず。声をかけてたお坊様。そして、

 「…。」

 それが聞こえたか、後ろからでもその膨らまされた縁がようよう見えた丸ぁるい頬が、一気にふしゅんと萎んだところは、考えようによっては重々現金な反応。ひくりと小さな肩まで揺らした親分さん。
“…おやおや。”
 なかなか振り向いてはくれなんだけれど、その代わりとでもいうものか。髪を結い上げていて、すっかりと剥き出しになっていた小さなお耳が、あっと言う間のさぁっとばかり。音がしたんじゃないかってほどもの反応で、一気に真っ赤になったのが手妻のよう。そうしてそして、
「…ゾロ、か?/////////
 何だか落ち着きのない声がして、そろそろと立ち上がった小さな背中が、どぎまぎしつつも…何とか振り向く。こんなカッコを見せるのは恥ずかしいが、日頃からも滅多に逢えない人だからということか。意を決してのご対面。ああもう、だからこういう仮装なんてヤだって言ったんだと、その小さなお胸の中の荒れようはいかほどのことか。とはいうものの、そんな彼を見たお坊様はといえば。

 「…ほほぉ。」

 そうと唸ってからのしばらくは、何とも言葉が出なかったほど。というのも、そこはやっぱり…あまりの愛らしさゆえのこと。日頃からも愛らしい、黒みが滲み出して来そうなほどの潤みを帯びてる大きな瞳といい、ふわふかなやわらかさの小鼻に頬っぺに。こちらもしっとり柔らかそうで、それは瑞々しい口元には、お女中のカッコに合わせてか、ほんのりと桜色の紅が引かれているのがまた似合っていての愛らしく。うなじを見せて結い上げられてる髪の、されどいつにない恰好への束縛から逃げた幾条かの後れ毛があって。細っこい首へと陰を落としの、動きに合わせて揺れのするところがまた、何と可憐なことだろか。
「ふぅん。」
 何へと感心しているのやら、まじまじ見やるお坊様の視線を意識し、
「〜〜〜〜。///////
 ただただ真っ赤になっていた親分さん。そんな純情そうなお人へ向けて、

  「ちょいと胸回りや腰回りが寂しいが。」

 開口一番に何てことを言いますか、この破戒僧はと、居合わせた番太郎のおじさんやウソップを呆れさせたものの、
「口惜しいくらい可愛いじゃねぇか。」
 にんまり笑ってのお褒めの言葉。大きな手のひらでぽふぽふと、そこは触ってもよさそうな、おでこに下げられた前髪を撫でてやる、屈託のない坊様であり。ああ、畜生め。同じ男としては口惜しいが、このお人のこんな爽やかで豪快な笑い方で褒められたら、根は素直な親分、きっとほだされてくれるよなと。ウソップがほっとしたその矢先。

  「ウソップ、お手柄だ。」

 不意な声がしたもんだから。
「へ?」
 心の声を誰かが訊いたか、いえそんな、褒美をもらうほどのこっちゃねぇと、顔を上げた彼の目に映ったのは、

  「こいつぁ、ゾロじゃあねぇ。なのにこういうカッコだってこたぁ…。」

 自分のおでこを撫でてた手を捕まえて。さっきまでとは打って変わっての、そりゃあきりりと怖いくらい引き締まったお顔になってた、ルフィ親分じゃあござんせんか。
「おいおい。待て待て。」
 こんな成り行きには、当然のことながら、妙なご指摘を受けたお坊様本人が一番にギョッとしており。何をいきなりと怪訝そうな顔。だが、ルフィは臆しもしないで、自分よりも大柄な相手のその手首を掴んだその上、素早い所作にて腕をまでねじ上げており、
「増してや“口惜しいくらい”だと? ゾロは可愛い姿へ悔しがるよなタイプじゃねぇ。」
「あ…。」
 成程な〜と、掌をたたいたウソップだったが、
「…え?」
 そんな彼の胸倉掴んで、あっと言う間に引き寄せたのは。そんな理屈から“疑わしい”とされたお坊様。ねじ上げられてはない方の腕を何とか延ばして来たらしく、
「抵抗すんなっ。」
 ルフィが羽交い締めへと力を掛けるのへ“いてて…”と眉を寄せつつも、

 「なあおい、あんた、それを言うならこのお人は本物のルフィ親分かい?」
 「へ?」

 今度は選りにもよって、その坊様がそんな言いようをし出したではないか。
「この祭りの間は、誰しも突飛な仮装しているから。急には衣装や何や、準備も間に合うまいってさっき言ってたが。用意周到な相手なら、ましてや、単なる変装じゃねぇ悪魔の実の能力者なら。見たその場でも姿だけは寸分違わず変身出来ちまおうからよ。着物はそれこそ適当だっていんじゃねぇか?」
 着替えてるとこまでとくと見せてりゃ別だが、そういう訳でもなかったんじゃね?なんて。いかにも理詰めでの説得を始める彼であり、
「な…っ、ウソップ、何でこいつがそんな事情まで知ってんだ。」
「あ、いやあのその。」
 ああしまった、うっかりこっちの手の内を話してた。だってまさか、この坊様が、誰かが変装した姿だとは思わなかった。ご公義の関係者じゃあないけれど、親しい身内でもないけれど。神仏の関係者ってカッコだし、何より…親分と仲が善さそなところをちょくちょく見てたしで、あのそのつい。
「すすす、すみませ〜んっ!」
 謝るところを見ると、やはりこのかわいらしい娘さんのカッコしたお人は、ルフィ親分だと依然として思っているらしいウソップで。
「何だなんだ、どうしてこのお人が偽者じゃあないって言えるんだ? いきなり人を疑るような奴こそ怪しいってもんじゃねぇのかよ?」
 そんな単純なことでどうすると、叱咤するように言いつのる坊様だったが、

  「俺にも何でかは判らんが、
   俺の偽者を見分けてくれたんなら、信じても罰は当たるめぇ。」

 そんな声に割り込まれ、しかも、何だおいと邪険な視線を流した先に、

  「う…っ。」
  「迷ってる御仁がいるってこたぁ、よくも化けたということなんだろが。
   俺はあいにく、自分の顔を良く良くまでは知らんのでな。」

 その出来で似ている顔なのかふ〜んと、そんな自信満々なお言いようをする、全くそっくりのお顔があった日には。息を飲んでその身を凍らせてもしようがないというところかと。しかも、

  「ゾロっ!」

 怒り心頭という態で、せっかく愛らしいカッコなそのお顔を憤怒に歪めていたルフィが。ころりと態度を塗り替えての、目映いほどもの笑顔になって、そちらの坊様へと呼びかけたから。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なあ、親分。」
 ウソップが混乱に頭を抱えてしまう。どっからどう見てもそっくりな二人のお坊様。仮装してはいなかった、お城下の住人ではない人物に化けたことで、自分たちが取った策の裏をかかれたカッコになったものの、じゃあ何でまた、ルフィは、彼には見分けがつくのだろか。
「本当に、そっちが本物の坊様か?」
「本物だっ。」
 自信の塊、直視するのが眩しいくらいの眼光閃かせ、大きく胸を張ったルフィであり、

 「お前が、そのルフィを本物のルフィだと信じて疑ってないのと同じよ。」

 またまた割り込んだのは、後から来た坊様の背後にいたらしき人物のそれ。ウソップが、そして、ルフィが羽交い締めにしていた方の坊様が、おっ、と、その息を引いたのは。それがルフィらの仕えている同心、風車のゲンゾウの旦那だったから。黒羽二重の羽織に、同じ絹の単
ひとえと細かい縞柄の袴。いわゆる制服姿の彼は、途中からこっちのゾロとの同行であったらしく、
「理屈ではないところで、分かるものってのはあるもんだ。」
 少々苦笑という雰囲気の、しょっぱそうな笑い方をした壮年の旦那。それはともかくと視線を怪しき坊様のほうへと向けると、

  「儂らにも見分ける方法ならある。」

 その恐もてのお顔には似合わないものを、さっきからその手へと握っておられ。その手を、ほいと軽く振って見せれば、
「わっ。」
 番所の中、飛び散ったのは…甘い匂いの水あめの棒。糸を引いて宙を舞い、受け止めたルフィの手へと至るまでには、手前にいた方の坊様は勿論のこと、ルフィの傍らの坊様のお顔にも、蜘蛛の糸のように宙を飛んだ過程でふわんと伸びた飴の糸がぺちゃりとついてしまい。
「あ〜あ〜、何してくれてんだい。」
 大きな手の甲でグイッとばかり、自分の頬を拭ったのが、ルフィが本物と認めたほうならば、
「…。」
「おや、どうしたね、お坊様。気持ち悪かろに、拭って取らねぇか?」
 ゲンゾウが意地の悪そうな声をかけたそこへ、不思議なことにはそっちの坊様の胴の半ば、腹辺りに白い手がいきなり生えたから、

  「えええ〜〜〜〜っっ?!」

 何だ何だ何事だっ!っと、周囲の者はそっちの突発事態へと驚いたのだけれど、

  「…あ。」

 その手が動いて…何をしたか。動かないほうの坊様の左手を取ると、無理から持ち上げ頬に触れさせた。すると、

  「いや〜んvv 何で判ったのよ〜んっ♪」

 伸びやかでお茶目な声は、女性のような口調ながらも、相当に低くて男らしく。そのお顔もまた、ついさっきまでの精悍さは消えたがその代わり、やっぱり男だろうよこれはという、厳ついというか何というか。それ相応の…ちょっとけったいな作りの男の顔。
「変装盗賊ボンクレーっ。悪魔の実の能力者で変身の名手なことを生かしての、盗賊ばたらきの数々、既に手配書が回っておる、観念せいっ!」
 何たって場所が悪い。見廻り詰め所の真ん前で、しかも、警邏交替の時間だったものだから。ゲンゾウの向背に控えていた捕り方の数も十分居合わせての正体の暴露。
「…これはしまった。ヤキが回ったかしらねン。」
 それでも抵抗を構えたか、ぐっと身を沈めた次の瞬間、足腰のバネだけでの大跳躍。鍛えてもいた身だったか、突き上げた拳の一撃で天井板を突き破り、そこから更にと、瓦を道へ落とす勢いで、外への脱走を試みたものの、

  「逃がすか、このヤロっ!」

 ルフィの声が放たれたと同時、風を切って伸びたのが…彼の腕。
「…あ〜あ、せっかく可愛かったのに。」
 ぶんっと腕が振られた凄まじい勢いにより、髪に飾られていた何やかやは吹っ飛ぶわ、お背
せなの帯の蝶々もよじれてのほどけるわ。愛らしい着物は前がはだけての、とんだ恰好への大変身。

 「あいやぁ〜〜〜ぁ〜〜〜〜〜〜っ!」

 天高く吹っ飛んだ変身泥棒が、やっぱり衣装をずたぼろにして落ちて来たのと、いい勝負の惨状になっていたそうで。

  “…あ〜あだな、確かに。”

 それは可愛らしい娘さんのカッコしていた親分さんを、あんまりじっくりとは検分出来なかったのが心底残念と、そのお胸の裡
うちにてこっそり呟いたのは、果たして何処の誰だったのでしょうかしら。(苦笑) そして、

  “何ならお手伝いしてあげるわよ?”

 さささっと、あちこちから一斉に伸びて来た白い手が、あっと言う間のそれこそ手妻みたいにして。髪から帯から着付けから、一瞬にして元通りにしてしまう…のは、また別のお話。この後になだれ込む、親分と坊様の微笑ましいデートの段は、皆様の想像力の尋へと託し、拙い筆者の筆はここいらで置かせていただきましょう。それではでは〜vv




  〜Fine〜  07.4.14.〜4.16.

  *カウンター 241、000hit リクエスト
        NOA様 『ルフィ親分のお話を』


  *お待たせしました、やっと完成でございます。
   何だか妙な騒ぎを構えてしまいましたが、
   本物の方のゾロの出番が異様に少のうございましたが、
   それよりも問題なのは…ボンちゃんて もしかしてもう出てた?(こらこら)
   何かしらの騒ぎをからませないと話が作れないのかと、
   私自身も“???”とか思ったのではありますが、
   まま、今回は花見の季節と重なったので。
   こういう賑やかなことを背景にしてみた次第です。
   ごちゃごちゃした話しか書けなくてすいません。
   あんまり逢瀬の機会は持ててないけど、
   ご本人からなんでだと訊かれても
   自分でも判ってないことと思われますけれど。
   それでもきっとルフィ親分は、ゾロの匂いとかちょっとした眸の動きとかで
   あっさりと見分けられるんだと思います。
(苦笑) 

bbs-p.gif

back.gif